Once-Over
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ナムコに入社して最初の頃に驚いた事の一つに「映画を見に行った時に映画代を経費で精算できる」という事でした。もちろん業務に関係あるかどうかによるのですが、気になった映画は何度か会社の業務の一つとして見に行った事があります。上司の許可があれば業務時間中に見に行く事もできました。
(なんて変わった会社なんだ、とその時は思いました)
ある時、僕はどうしても見に行っておきたい映画があったので、見たい映画を上司に伝えて、許可をもらってその映画を見に行きました。
映画を見に行った経費精算をするのにその「半券」が必要で上司に精算用紙にハンコを押して貰うのですが、その時の上司が「後ろはちゃんと見た?」とハンコを押しながら僕に尋ねたのです。
正直何のことかわからずキョトンとしていると、「映画を見ている時、スクリーンだけじゃなくて、後ろを向いてお客さんの表情を見てみた?っていう事だよ」と言われたのです。
この時、僕は自分が足りなかった大事な視点に気づかされました。
文字通り、映画を見に行ったなら、「後ろを見る」必要があったのです。
その映画に来ているお客様がどんな人か(若いカップル、年配の人、女性のグループ、カップル、男性一人客…)、どんなシーンでどんな反応をしているか…
ゲームを作る人がよく陥りがちな事ですが、資料として他社が作ったゲーム等を評価する時にゲームそのもののほうにどうしても注目してしまいます。映像の作りとか、ゲームのルールがどうなっているか、とかそういう事が、開発者目線でいうと気になってしまうのです。
しかしながら、実は本当に大事で、じっくり観察をしなければいけないのは、それを遊んでいるお客様の反応なのではないかと思います。
プロとしてはどんなにすごい技術を使っていても、どんな手間がかかった事をしていても関係なく「お客様の反応が全て」という意識を持つべきだと思います。これはゲームや映画に限らず、エンタテインメント(おもてなし)を生業とする人全てに言える事ではないでしょうか。
映画館で「後ろを見たか?」と上司に言われた訳 | 元もじぴったんプロデューサーの生の知恵ブログ (via plasticdreams)(via plasticdreams)
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Twitter / 渋井哲也 (via yuca)
2010-09-14
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「性善説」「性悪説」という言葉を誤解している人は結構多いようです。 その誤解とは、要するにこういったものです。
- 性善説
- (人の本性は善であり)人を信じるべきだという考え方
- 性悪説
- (人の本性は悪であり)人は疑ってかかるべきだという考え方
これは間違った理解です。性善説を唱えた孟子はそのような能天気な人ではなかったでしょうし、 性悪説を唱えた荀子は別に人間不信だったわけではないでしょう。
例えばgoo辞書では、性善説・性悪説はこのように説明されています。
- せいぜん-せつ 【性善説】
- 人間は善を行うべき道徳的本性を先天的に具有しており、 悪の行為はその本性を汚損・隠蔽することから起こるとする説。正統的儒学の人間観。孟子の首唱。
- せいあく-せつ 【性悪説】
- 人間の本性を利己的欲望とみて、善の行為は後天的習得によってのみ可能とする説。孟子の性善説に対立して荀子が首唱。
要するに、「人は生まれつきは善だが、成長すると悪行を学ぶ」というのが性善説、 「人は生まれつきは悪だが、成長すると善行を学ぶ」というのが性悪説です。
つまり、どちらの見解でも結局「人は善行も悪行も行いうる」のであって、 これは人を信じるかどうかとは関係のない話なのです。
誤解されていた方は、以後ご注意下さい。
性善説と性悪説のよくある誤解、他 (via usu8)(via takaakik)
繰り返しになりますけど、海外ではlogical thinking、critical thinking、debate、speechを高校、大学でやりますからね。ミシガン大学院などではnegotiationという授業があったくらいです。授業の中で教授が日本人と中国人の違いなどにも言及するんです。「中国人は米国人に似て、割とストレートに言ってくるけど、日本人はそうではないんだ」とか。そういうことを授業でやっているんです。
冒頭に私は2つの課題があると言いました。今はメンタリティの弱さを話しているわけですが、言葉のハンデがあるなら、少なくとも論理で戦うしかありません。両方、ダメなんですでは話にならない。
アメリカ人とかイギリス人はフェアプレイ精神が意外と徹底しているので、やりようはあるんです。言葉が苦手なら、こう言えばいい。「あなたが私の言葉(日本語)でしゃべってくれるなら、私の3倍の時間、しゃべっていいですよ。あるいは、私があなたの言葉(英語)でしゃべりますから、あなたの3倍の時間を下さい」、と。
こういうの、意外とアメリカ人は好きなんですよ。仕方ないなぁってなる。聞いた話ですが、昔、孫正義氏がバークレイで「これが日本語の問題だったら絶対に解ける。でも辞書がない。辞書さえあれば、問題は解ける」と大学に交渉して、結果的に辞書を使わせて貰って解いたという逸話もありますよね。典型的な例ではありますが。
国際弁護士から民間人校長になったワケ 〜海外で堂々と出来る日本人を創りたい〜 - 対談 (via clione)(via takaakik)
(via toukubo)
え、これガチだったらシャレにならないんじゃない
警察のトップが責任取るレベルの大惨事だと思うんだが
職業が警官の人が痴漢しましたとか万引きしましたとかじゃなくて
「警察機構」が無実の人を犯罪者にして免許停止にしまくってたんだろ?
賠償金だけでも総額で億とかいくんじゃね
(via yaruo)
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