桑田佳祐の慧眼は、ズバリ「面白きゃいい」という視点。
そのアイデアをもってして「ロック対フォーク」、「ロック対歌謡曲」というイデオロギーにがんじがらめになっていた時代をからかった。すなわち「脱理念」である。
どちらも「芸能」だろ!
言いたかったのはそれだけだと思う。
オチャラケで武装しつつ、捨て身で、また、軽やかに当時の音楽界を小馬鹿にしまくるラディカルさの裏にあったものは、学生ならではの無責任なスタンスだ。腰掛け程度でサイナラする、覚悟とは程遠い“チャラさ”、それを原動力としたはずである。
歌は言葉をきちんと伝えるべき、ロックは反逆であるべき…云々…
「べき論」はぬるま湯である。そこにいれば安心が得られる。桑田はそこに安住しようとはせず、茨の道「中道」という不安定を選んだ。というより、めちゃくちゃハイパーな、常人には真似出来ない、思想的達人、否、超人の領域へと踏み込んだ。









